バロー (アラスカ州)

  バロー(英:Barrow)は、アメリカ合衆国アラスカ州最北部に位置する都市

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またアメリカ合衆国最北端の都市である。同市は北緯70度よりも北にあり、北極海に面している。人口は4,680人(2004年)。住民の大部分がエスキモーであり、アラスカ州最大のエスキモー集落として知られている。かつては北極海の捕鯨基地や毛皮交易地であった。現在は夏の白夜や冬のオーロラで知られ、エスキモーの文化を知ることのできる観光地となっている。
市名はアメリカ合衆国最北端の岬であるバロー岬(Point Barrow)にちなんでいる。岬の名前は、イギリスの政治家、ジョン・バロー(John Barrow)から名付けられた。ジョン・バローは、1825年にバロー岬を発見したイギリスの探検家、フレデリック・ウィリアム・ビーチー(Frederick William Beechey)を資金面で支えた。
バローの町はIsathoak・ラグーンをはさんで南北に二分されている。ラグーンは長さ5kmほどの短い川の河口をせき止められたものだ。北側は新興住宅地のブロバーヴィル(Browerville)という街で、碁盤の目状の道路が東西2km、南北1kmほどにわたって規則的に広がる。南側は古い町であり、やはり東西2km、南北1kmの街となっている。南側の町の南端にそのまま空港のターミナル、さらに南に東西に伸びる滑走路 (2km) が位置する。滑走路の南側には原野と小さな廃棄物処理場が広がる。
バローと名付けられる前は、この地はユトクィアグヴィック(Utqiagvik)と呼ばれていた。この地名はエスキモーの言語で「フクロウ狩りの地」という意味である。500年頃には、この地には既に人が住み着いていた。近隣には800年頃の住居跡も残っている。
現在のバローという市名は1825年にフレデリック・ウィリアム・ビーチーに発見され、ビーチーの探検の出資者であったジョン・バロー卿にちなんで名付けられた岬、バロー岬からとっている。その頃、イギリス海軍は北アメリカの北極海沿岸を測量していた。1881年にはアメリカ合衆国陸軍がバローに気象、および磁極調査の拠点を設けた。1888年には長老派が教会を建立した。1893年にはバローに捕鯨基地や毛皮取引所が置かれた。1901年にはバローに郵便局が設置された。
1935年8月15日、当時アメリカ合衆国を代表するコメディアンであったウィル・ロジャース(Will Rogers)と操縦をしていたパイロットのウィリー・ポストを乗せた飛行機が川に墜落する事故を起こし、両名の命が奪われた。その墜落現場には、現在は記念碑が建っている。
1972年、バローを中心とするノース・スロープ郡が創設された。財政に余裕ができた分を活かして、郡はバローに道路を建設し、衛生・水道・電力などの公共サービスや保健・教育サービスを充実させるなど、インフラ整備に力を入れた。1986年には、郡は地域初の高等教育機関となるノース・スロープ高等教育センター(North Slope Higher Education Center)を開校した。2003年には同センターは2年制大学として認可を受け、名称もイリサグヴィック大学(Ilisagvik College)と改められた。同大学は、エスキモーの伝統文化に基づいた教育を行っている。
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