中国では南北朝時代の南朝において、北朝の沙門統に相当する、仏教教団を統括する僧官として設置された。宋僧賛寧の『大宋僧史略』巻中「立僧正」によれば、「僧正の「正」とは「政」に通じる。そして、その始まりは前秦の僧碧(道碧)である。宋の順帝の昇明年間には法持を僧正とした。また、大明年間には道温を都邑(建康)の僧正に任じた。梁の武帝は法超を都邑の僧正に任じ、普通6年(525年)には法雲を大僧正とし慧令を僧正とした。そして、北宋初に於いても「天下の各州に僧正1員が設置され、徳行と才能によって選抜され、適任者が居ない場合は欠員とされている。」と記している。
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